宮城県  津谷川                  桜、山吹、鶯、そして三陸の渓流    其之十九

                           写真と文 大石 喜久徳

7年振りに出会った津谷川のヤマメ達...。

 

 

 

【熊本震災と東日本大震災のトラウマ

 

 

春爛漫。

 

ようやく、自分の渓流巡礼が始動した矢先に熊本で震災が起こった。

 

連日の報道での倒壊した家屋や土砂崩れの映像...。

 

8年前の宮城北部地震や、あの東日本大震災の忌まわしい記憶が蘇る。

 

地球誕生からの年月からすれば、今の出来事なんてほんの一瞬でしかないのだろうけど

今、生きてる自分達にとっては長く苦しい時間である。

 

 

東日本大震災から6年目の春。

 

確かに、復興は少しずつではあるが前進している。

 

しかし、その道の半ばで自分は戦線離脱を余儀なくされた。

 

坂本竜馬も新しい時代をみることなく暗殺されたように...。

 

 

 

歯痒い。

 

とても歯痒い...。

 

そして何より、あの時多くの人を見殺しにした。

 

無力な自分は呆然とその光景を眺めるしか無かった。

 

今でも、生き残ったという罪悪感しかない..。

 

そんな矢先の出来事。

 

再びあの光景が過ぎった。

 

現実問題として、自分の立場上泣き言は一切いえないのが事実。

 

いつも地元では、強い男を演じなければならない。

 

辛くても、苦しくても...。

 

でも、人って簡単に壊れるものだと知った。

 

人より図太い神経を持ってると自負していた自分が精神を遣られた。

 

うつ病との闘い。

 

さらに加えて心臓との闘い...。

 

この先、いつまで闘わなければならないんだろう...。

 

 

なぁ、誰か教えてくれよ...。

 

 

 

 

 

光の屈折によって銀化がみられる。サクラマスの遺伝子なんだろう。

 

 

 

【現実からの逃避行...】

 

 

主治医から無理やり釣りの許可を得た今シーズン。

 

その主治医は、菊地マネージャーとそっくりな容姿...。

 

その主治医も今年の春の移動で山形の病院へ転院した。

 

正直、いくら年下でも怖かった。

 

菊地マネージャーに説教されてる感じで...。

 

頭の片隅には「無理しなければ良いよ...」って言葉がよぎる。

 

今までの自分は、無理って言葉はどこまでか知らなかった。

 

けれど、2月の顔面裂傷でその意味が分かった。

 

とにかく、心臓の薬の影響で血が止まらない。

 

なるほどな...。

 

現場仕事を禁止された意味がようやく分かったよ。

 

あれじゃ、出血多量で確実に死ぬわな...。

 

本当なら、先週に行くつもりだったけど、仕事の都合や天気のことを考慮して見送った。

 

この日も、先週の雨の影響で少し水が高い状態だった。

 

とはいっても、30年以上通っている渓流だからとタカを括って入渓流したけど遡行して間もなくこけた。

 

情けないけど、これが現実だと感じた...。

 

頭の中では「リハビリだ...」「無理しない...」って念仏のように唱えた。

 

 

気を取り直してファーストキャスト。

 

スプーンが着水してからワンタイミングおいて、いつものようにカリカリとリールを巻いた。

 

間髪いれず、手に伝わる水中からの息吹き。

 

正直なところ三陸沿岸の渓流では釣りはしたくなかった。

 

無論、未だに追波川や北上川では釣りは出来ないのも事実。

 

太平洋を見るのも本当は嫌だ...。

 

でも、いつかは克服しなければならないことでもある。

 

だからこそ、こんな状況だからこそ、敢えて三陸渓流に来た。

 

逆療法ってやつだ。

 

 

 

でも、通いなれた渓流でも何年も釣りをしてないとポイントが変わって読めない。

 

さらに、臆病になって昔のように攻め切れない。

 

津谷川の1尾目は23cmほどのヤマメ。

 

この時期のアベレージサイズだ。

 

このサイズが梅雨の頃には27cmクラスになり、夏過ぎには尺クラスに成長する。

 

取りあえず引き舟に入れて更なるポイントを狙うが、スプーンを追う魚影が見えない。

 

陸の上には真新しい足跡が無数にある。

 

昨日が日曜日だから、誰かが入渓したのは間違いない。

 

遡行を始めて100m程にポイントは3~4箇所ある。

 

気を取り直して再度キャスト。

 

ようやくヒットした2尾目は20cm程のヤマメだった。

 

ちょっと苦笑いしながら引き舟に入れようと体の向きを変えた時に、またこけた。

 

前回は尻餅をついた程度だったけど、今回は前方にこけた...。

 

無理だな...。

 

そう感じた瞬間、これ以上の遡行は諦めた。

 

遡行距離、僅か100m。

 

本日の釣果、ヤマメ2尾。

 

まぁ、今の自分には不満をいうのも、何かにボヤくのも贅沢なんだよね。

 

 

 

 

 


2尾目は20cmちょっとのヤマメ。写真はプロトカラー。販売は近々する予定...。

 

 

 

 

【現役を引退してから...】

 

 

今の若い人達って、俺のこと知ってるのかな...。

 

少なくとも菊地マネージャーは俺のこと知らなかったひとりだ。

 

まぁ、無理も無い。

 

自己都合で前線から逃亡したんだから。

 

昔だったら確実に反逆罪で銃殺ものだもんね...。

 

正直、こうしてノコノコこんなとこでこんなこと書いてるなんて思いもしなかった。

 

引退してからも復帰の話はいくつか来てたけど頑なに拒んでいた。

 

俺って、本当は極度の活字嫌いだし、なにより写真嫌いだったからね。

 

正面向いて写真に写ってるのって、あゆの本とかシーバスの本くらいじゃないかな。

 

渓流の本で素顔出してるのって殆んど無い。

 

でもね、そんな状態でも取材してるとギャラリーが寄って来るんだよね。

 

時には、とんでもない崖から降りてきて「サインください!」ってツワモノもいた。

 

当時のオリンピックやユニチカの担当者からは、丁寧に対応してくださいよ!って事あるごとに言われてた。

 

だから出来るだけ丁寧に対応してたつもりだ。多分ね...。

 

現役を引退してから、暫らくしてタックルハウスの恩田君から連絡が来た。

 

そろそろ復帰してくださいよって...。

 

けれど、今さら老体を曝け出すのにも抵抗があったし、何より俺が復帰することで若い連中が表に出てくるチャンスを潰すことになる。

 

今思うに、それが正解だと感じることもある。

 

恩田君は、東日本大震災の年に病気で亡くなった。

 

まだ若かったのに...。

 

二つ返事で約束してたこともあった。

 

本当に人の運命なんて分からないものだ...。

 

 

俺だって、いつ心不全で心肺停止になるか分からない。

 

今日は生きてるけど、明日の朝目覚めることが出来ないかも知れない。

 

だからこそ、一日一日を精一杯生きるしかない。

 

こんな体になって初めて分かった命の意味。

 

でも、俺が無茶苦茶するのは誰にも止められないからね!

 

坂本竜馬が生きた31年。

 

俺が生きてる54年。

 

その歴史的役割には雲泥の差があり過ぎる...。

 

 

 

 

 

 

下川内の大堰堤。気持ちだが魚道はある。でも、役に立ってない。下流のサクラマスの溜まる深場も埋まってしまっている。



津谷川河口近くの気仙沼線の線路は未だに津波の被害を受けたまま...。

 


宮城県と岩手県に跨る津谷川。県境の標識から管轄漁協が違うので注意すること。

 

 

 

 

 

タックル

 

ロッド:オリジナル 5ft

 

ルアー:TROUT JAPAN

                        

スプーン  アテルイ  姫神  プロトカラー  

 

リール:カーディナル33

 

ライン:6Lb          

                      

フック:スーパーヤマメ-1~3