宮城県 石巻日赤病院    三途の川のマーメイド     其之十六

                           写真と文 大石 喜久徳

写真は全てイメージです

 

 

 

【命を削っての復興作業

 

いよいよ、今年の渓流釣りも禁漁を迎えようとしている。


退院してからおよそ3週間。


今は、9月末...。

 

今シーズン、結局一度もロッドを振らないまま終焉となる。

 

現役を引退してからでも釣りをしなかった年は無かった... 。

 

体調の変化に気づいたのは昨年の晩秋頃から。

 

しかしながら、病院へは行かなかった。

 

診断結果が怖かったから...。

 

自分でもかなりヤバイ状態だと感じていたし、何より仕事がかなり詰まっていた。

 

容態が悪化したのは2月頃からだった。

 

でも、引渡し納期やら年度末やらで、自分を誤魔化しながら働いた。

 

東日本大震災の復興は進んでいるようで、実は遅延が慢性となっていたから...。


倒れる寸前、現場は岩手県の陸前高田から東松島市まで7棟。

 

全ての現場を周り、遅れが甚だしい現場では寝る間も惜しんで徹夜作業。

 

毎日の睡眠時間は車泊で2~3時間。

 

命を削って作業に没頭した...。

 

そんな状態で倒れたのは年度末をどうにか乗り切った4月11日。

 

いよいよ年貢の納め時であった..。

 

 

 


ヤマメには会えなかった

 

イワナにも会えなかった


 

 

 

【皮肉な運命...】

 

 

気仙沼の現場から戻り、事務所に着いた時に倒れた。

 

始めに搬送された地元の総合病院での診断は肺炎。

 

しかし、呼吸困難に加え血圧の急激な低下...。

 

3日程の入院で容態はさらに悪化して、この病院では手に負えない状態となってしまった。

 

救急車で搬送されたのは、石巻の日赤病院。

 

震災の時から度々従業員がお世話になっていたこの周辺では近代的な総合病院。

 

でも、まさか自分が世話になるとは夢にも思っていなかった...。

 

救急車で搬送中、胸の苦しみは相当だった。

 

呼吸も次第に苦しくなり、いよいよ死を覚悟した。

 

意識が遠くなり、気づいた時には既に救急治療室のベットの上だった。

 

周りには、点滴やら心電図の機械やら、挙句ジェット機のパイロットのような酸素マスクで完全な拘束状態。

 

また、死に損なったか...。

 

意識が回復した時の思いは、正直もう楽にして欲しかった。

 

現世のしがらみから全て解放して欲しかった...。

 

しかし、運命とは皮肉なものである。

 

死を望む者は生かされ、命を惜しむ人からは簡単に奪い去る。

 

現実は、長い闘病生活の始まりに過ぎない...。

 

 


残念ながら、あの世にはお花畑はありませんでした...

 

 

【涙涸れるまで...

 

 

肺炎で入院生活一ヶ月。

 

その間、様々な検査が行われた。

 

心臓疾患の疑いが強いから。

 

病名は小難しいから省略する...。

 

悪い予想は見事に的中し、心不全で心臓バイパス手術。さらに2箇所の弁を交換...。


手術をしない場合の余命は1~2年と宣告された。

 

悩んだ...。

 

今だから告白するが、毎日個室で泣き暮らしていた。

 

今後のことを考えれは考えるほど、涙が溢れてきた...。

 

だから、どんな慰めの言葉も聞き入れられない。

 

肺炎も完治した6月初旬、ようやく仮退院が認められた。その時、心臓の手術の日程も決まっていた。家族、友人知人、同業の皆から手術を勧められて...。

 

心臓手術の予定日は6月末。およそ3週間の仮退院だったが、その間も体調は優れずに10日ちょっとで病院へ逆戻りした。心不全がさらに悪化していたのである。

 

お蔭で手術の予定は半月ほど延びて7月に入ってから...。

 

この半月ほど辛い日々はなかった。

 

でも、この間にも毎日のように代わる代わり誰かがお見舞いに来て励ましてくれたが、本音を言えば逆に辛かったのも事実であった。

 

食欲も無くなり、体重は40キロちょっと。骨と皮。まるで活きてるミイラのような状態...。

 

何とか点滴で命を繋いでいる。

 

そうしている間にも手術の日程は迫っている。手術の成功率は25%...。

 

死と背中合わせ。もう、完全に諦めていた。

 

この辛さ、誰にも分るまい。


この苦しさ、誰にもわかるまい...。

 

慰めの言葉さえ、皮肉にしか聞こえない。

 

手術当日、朝から涙が溢た。

 

理由なんて何も無い。

 

ただ、この世でやり残した事に未練がまだあったからだろうか...。

 

手術準備室に入る頃には意識は既に無くなっていた。

 

いよいよこの世とお別れだと感じた...。

 


 

今回、死に損なった代償は身体障害者手帳...

 

 

 

【三途の川のマーメイド】

 

 

手術の最中だろうか、三途の川というのを初めて体験した。

 

あの世とこの世の境。

 

三途の川の向こう側にはお花畑が広がっている。

 

これが大方のイメージだろうが、自分が見たのは長い絨毯が一直線に敷かれていた。

 

もちろん、川の上にも...。

 

川の入り口には、三つの黒い影が迎えに来ていた。

 

先に進もうとするが、小さな小人達が群がり自分の体を押さえて離さない。

 

小人というより、宮崎アニメ「もののけ姫」に出でいた首がくるくる廻る小さな奴に似てる...。

 

また、自分の手術の様子を上から眺めていた。これも夢だろうが...。

 

手術に要した時間は13時間だという。

 

目覚めたのは、術後2日目。

 

正直、楽になりたかった願望の方が強かった。

 

この先、いつまで生きていられるかという不安と、これから先の生活を考えると生きていくことに疑問を感じてしまったから...。

 

これからまた、辛い入院生活が続く。

 

通常の心臓の手術なら術後の入院は3週間だという。しかしながら自分の場合7週間の入院生活...。

 

自分では感じてなかったが、かなりの重症だったらしい。

 

今年は桜の花も夏の暑さも感じないまま過ぎ去った...。

 

どうやら、ワンシーズン完全に棒に振ってしまったようだ。

 

退院が決まったのは8月末。

 

医療関係者と紆余曲折を繰り返し、ようやく掴んだ自由。

 

嬉しかった。

 

本当に嬉しかった...。

 

これまでの人生に於いて、4ヶ月もの長い拘束は初めてのこと。

 

あの震災から何かと涙もろくなった自分...。

 

311の地震と津波に恨みつらみは数多い。

 

でも、それが運命だったのだろう。

 

来年は、渓流やあゆ釣りが出来るかな...。

 

なんか、生き急いでいる自分に焦る...。

 

今を大切に。

 

ありがとうみんな!

 

ありがとう三途の川のマーメイド

 

俺、身体障害者になったけどもう少しだけ生きてみるよ...。

 

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

あの世とこの世を繋ぐ三途の川は霧の中...

ありがとう。


 

 

タックル

 

心臓の薬/一日3回食後/一生死ぬまで